アーバニック30が愛する都市、そしてそこで出会った女性たち。
それぞれの都市が持つムードと活気に似た彼女たちは、どのようなスタイルでアーバニック30を着こなしているのでしょうか。
暮らす街、年齢、好みは異なりますが、自分らしくアーバニック30のスタイルを自由に楽しむ女性たちから、私たちは素敵なインスピレーションを得ることができます。
様々な都市の人々、そして多彩なセンスをアーバニック30を通してぜひご覧ください。
Saeeun Park, Paris
世界最古にして最高峰のバレエ団、アジア人初の最高位ダンサー。ずっしりとした重みのある修飾語と共に長い間パリ・オペラ座バレエ団の輝く星「エトワール」として活動しているバレエダンサー、パク・セウンとのパリでのインタビュー。
羽のように軽く華奢だが、彼女ならではのオーラで美しく身体の言語を歌う彼女と共に過ごした舞台の外での時間。
Urbanic(以下U):普段あなたをリラックスさせてくれるルーティンや瞬間はありますか。
パク・セウン(以下S):やっぱり母親ですので、子供を幼稚園に送ってからバレエ団に出勤した時に私だけの時間、というか私の一日が始まる気がします。なので、その時間が一番リラックスできます。
U:今まで参加した数多くの舞台の中で最も記憶に残っている公演は何ですか?
S:作品一つ一つが大切で特別なので、その中から一つだけを選ぶことは難しいです。それでも『マノン』( L’Histoire de Manon;小説『マノン・レスコー』をもとにイギリスの巨匠ケネス・マクミランが振り付けた作品。2023年パリ・オペラ座ガルニエ宮で公演され、パク・セウンも主人公マノン役を演じた)という作品が最も記憶に残っています。出産後初めて復帰したステージでしたが、子供を産む前と産んだ後のステージの感じが全然違っていて、とても印象に残っています。
U:出産後いち早くステージに復帰されましたね。産後ケアはどのように行なったのか、またバレエダンサーとしての暮らしと母親としての役割の間でどのようにバランスを取っているのでしょうか。
S: そのことに関しては、いまだに解けない宿題として残っています。私にとって育児がバレエよりはるかに難しいからです。バレエを難しいと思ったことは1度もありませんでした。バレエは楽しく、探究心を刺激し、ワクワクし、心ときめくものです。一方育児は──私は子供をとても愛していますし、子供が私にくれる幸福はバレエよりはるかに大きいのですが──とても大変なことです。
母親という役割は多くの犠牲を要します。バレエが自分のための犠牲であるのなら、今は自分ではない他人のための犠牲について学んでいる途中です。2つの役割をしっかりと並行するためには、時間をうまく使い分ける必要があって、今はまだそれを学んでいる過程です。
私は出産後6週目で再びバレエを始めました。バレエが産後の回復にとても良いので始めてみるよう医師に勧められたからです。その時はまだお腹と骨盤がすべて開いている状態だったので、鏡を見ながら本当に踊ることが可能なのかなと疑っていました。それでも10年以上続けていたので、すぐに体が戻ってきました。むしろ早い段階でバレエを再開したことが、私にとってプラスになりました。
U:バレエダンサーとしてスランプを経験したことがあるのか、そしてその時期をどのように克服したのかについても知りたいです。
S:バレエはどんな時でも楽しく、心ときめくものです。私の性格上「上手くやらないといけない」というプレッシャーよりは、少しずつ成長する自分自身の姿に期待するので、バレエがどんどん好きになっていきました。私がバレエ団に入団してからディレクターが何度か変わりましたが──今が4番目のディレクターです──1度だけ私とは合わない方がいらっしゃいました。当時の私はクラシックなバレエを踊りたかったのですが、ディレクターとの方向性の違いでスランプに陥りました。とても大変でバレエ団を離れるべきだという考えさえも頭をよぎりました。だけどその後状況が変わって、自然と元の状態に戻ることができました。
U:現在の自分自身を築く過程において、大きな影響を及ぼした人やメンターはいますか?
S:誰もが身近な人から、とても多くの影響を受けるといいますよね。私はパリにきて2年が過ぎた頃に、今の夫に出会いました。7年間の恋愛を経て結婚し、今年で5年目を迎えますが、長い時間を共に過ごしながら段々と夫に似てきました。
私は夫にどんなことでも話します。夫は私にとってベストフレンドでありメンターのような存在です。私を大きく変えてくれました。私は好き嫌いがハッキリと分かっていてもそれを表現することが苦手な性格なので、断る時の方法をいつも悩んでいて、自分でも疲れる性格だと感じていました。しかし、夫との会話を通してフランス式の方法を自然と学ぶことができました。正確に自分の意思を伝えながらも、自分ならではの色を失わないこと。それが私が得た一番大きな教訓です。今では私もしっかりと表現できるようになりました。
U:バレエは国によって、またはバレエ団によって固有のスタイルがあるように感じます。エトワールとして経験したオペラ座バレエ団の雰囲気や芸術的な色彩はいかがですか?
S:とても難しい質問ですね。パリ・オペラ座バレエ団については十分知っていると確信しても、その確信がグラグラと揺らぐことがよくあります。監督が変わるたびにバレエ団の雰囲気や好むスタイルが変わる気もしますし。それにも関わらず、「パリ・オペラ座」と言えば思い浮かぶイメージはあります。
フランスバレエを正確に理解するためには、フランスの文化について知るべきだとよく言われています。フランスの人たちはとても正直で率直です。ストレートに意見を伝え自由に表現します。フランスバレエもまた、そこに通ずるものがあると思います。以前は、フランスバレエはエレガントで精巧、そして足の使い方が繊細だと思っていましたが、時と場合によってはそうではない気もします。フランスバレエを定義することはとても難しく、フランスの文化自体がフランスバレエではないのかと最近では思うようになりました。
U:文化と繋がっているんですね。
S:そうなんです。私もそうですが、韓国の人は会話をする時目を合わせることが苦手な人が多いです。恥ずかしがって目を合わせることを避けますが、フランスの人たちは堂々としていて直接的です。目で感情を交流し、自分の強さやエレガントさを伝えます。素敵なピアスやネックレスを身につけて自分を見せるというよりは、会話をする時の言葉や目の輝きから伝わる力が、他の国の人たちとは少し違う気がします。バレエでもそうです。ステージを掌握する力が本当に素晴らしいです。「ステージを我が物にしてやる」という表現がピッタリです。ステージを掌握する力、それこそがフランスにおいて重要なスタイルではないのかと思います。
U:ソウルとパリを行き来しながら生活をしてきたと思うのですが、それぞれの都市で「自分らしい」と感じられる場所や瞬間などがありますか?
S:フランスに長く住んでいるので、今ではむしろここがより「家」のような感じです。パリで家族を作ったこともそう感じる理由ですね。世界のあちこちを回りながら公演する過程で最近感じたことなのですが、私はバレエ団の練習室にいる時が一番安心できます。まるで自分の家のようで、緊張もしません。新しい環境に行くとその環境に慣れないといけませんし、鏡に映った自分の姿がいつもとは違うように見えたりすることもあります。でもバレエ団は私がよく知っている空間なので、そういった緊張や違和感を全く感じません。だけど、やっぱり韓国や他の国に行くと、スタジオの環境や授業を一緒に受ける人たち、先生、ピアニストなど雰囲気によっては少し緊張してしまいます。韓国で選ぶとすれば、多分空港かな?(笑)
U:これから叶えたい目標がありますか?
S:本当に沢山聞かれる質問ですが、いくら考えても答えるのが簡単ではないです。正直、私はバレエキャリアにおいてはすでにトップの目標を達成したので、これ以上目指すべき場所がありません。とても感謝すべきことですよね。パリ・オペラ座エトワールは、毎回昇進することがすごく難しいです。昇進をしてこそ主役を務めることができますし、主役を務めてこそ幸せを感じられる…このように繋がるのですが、私はすでに自分がやりたい役を演じることができる立場にいます。そういう部分に関してはストレスがないのでプライベートな生活を楽しむこともできますし、育児も負担を感じすぎずにすることができています。
だからなのか、次の目標を考えることがすごく難しいです。でもきっと、今までずっとバレエを続けてきたので、結局はバレエ関連の何かを続けていくのではないでしょうか。自分の仕事に集中して頑張っていけば、どこかで私を必要としてくれると思います。
U:アーバニック30と共に過ごした今日、「今、この季節の私」を最も表現していた服は何ですか?
S:ブラックのスカートの上にかけたターコイズブルーのジャケットです。涼しく澄んだパリの空によく似合っていました。